・憧れの56.4km-六甲全山縦走路

★この記事は、2015年11月18日に投稿されたものです。(再編集)

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全山縦走 長年の謎

 22年前、当時会長をつとめていた六甲遊歩会での縦走路実測の話題が神戸新聞(6/25夕刊)のトップ一面9段抜きの記事の中で紹介されました。「全山縦走 長年の謎」と銘打った六甲山を縦断する市民大会のコースに関する特集記事です。
 今年の1月頃からメールや電話を使った神戸新聞記者とのやり取りがありましたが、掲載の気配がないのでてっきり没になったのだろうと思っていましたが・・・。どちらにしろこんなマニアっぽい話題なんぞは、てっきり小さなコラム記事で紹介されるものと思っていただけに一面トップは驚き桃の木です。
 六甲山とか神戸とかに馴染みが無い方には、「何のこっちゃ?」と首をひねるような話題でしょうが、神戸市民や関西の六甲山フアンにとっては、秋の全山縦走は、市民レベルの恒例イベントで、登山家やハイカーの枠を越えて、老若男女、多くの市民が長い間、親しんでいる関心の高い行事です。

 私が六甲山での狂気のような遊歩を始めた頃、この山塊の背骨となる縦走路のコースは、55kmという表示をする資料もありましたが、多くの資料や書籍では全長56.4kmと紹介され、公式距離として広く認められていました。
 普通のハイキングはおおよそ一日10~15km程ですから、4回分ほどのハイキング距離を一日で歩き通すという非常にタイトで、標高差の計が3000m余(富士登山の2回分)のアップダウンの激しい苛酷なルートです。死者がでた年も何度かあるようで、山歩きに縁の薄いビギナーがいきなりチャレンジという訳にもいきません。 中には、全容をよく知らぬままイベントとして参加した児童・学生などが、半ば泣きながら歩き続けている光景もよく見ます。それらを横目にマイペースで完走するのは山歩きに手慣れた中高年ハイカー達で、例年参加の常連たちは、11時間を切ったとか、10時間で完走したとかタイムトライアル的な楽しみも加わっているようです。リタイアポイントが限られているので、自分の体力や仲間の体調をどう見きわめるかも難しく、炊き出し、応援、夜間遊歩、チームワークなど悲喜交々、様々なドラマに彩られながら展開するイベントです。
 混雑してマイペースで歩けない市主催の「市民縦走大会」には参加した事がありませんが、個人的には、幾度かトライしました。また、遊歩会の新人研修を兼ねた縦走大会を開催したこともあります。

六甲全山縦走路の実測数値をまとめた報告書
六甲全山縦走路の実測数値をまとめた報告書(1990年4月発行)

 自身の初めての挑戦では16時間45分での縦走でした。完走後、夜遅い阪急電車の中で、沸き上がる充足感を必死に抑えながら、棒のように固くなった太ももをさすっていたのを昨日のように覚えています。
 オーバーな話ですが「もう昨日までの俺じゃないのだ」という呟きでしょうか。一皮も二皮も剥けた自分をヒッシと抱きしめている感じです。これに至ったのも、ひとえに加藤文太郎との出会いがあったお陰なのですが、その文太郎は、ここからまたスタスタと歩いてスタート地点近くの自宅まで歩いて帰って行ったという超人的な健脚でした。
 最近になってやっと脚光を浴び始めたこの文太郎ですが(映画「劔岳」の木村監督が次回作でのモデルにするらしい→追記※つぶれたみたい)「知る人ぞ知る」地下足袋の加藤、単独行の文太郎、その後の日本アルピニズム史の一角を華々しく飾り、あっという間に槍ケ岳北鎌尾根で逝ってしまった文太郎はとうてい自分の足下にも及ばない遥か先をいく遊歩の達人でした。

歩くとは何か?」という理屈っぽい疑問が顕在してくるまで、私の初期の六甲遊歩は、ひたすら文太郎の足跡を追っていたものです。そして彼が疾走した縦走路を主脈として持つこの裏山・六甲山という山塊そのものの魅力に虜になって、一層狂ったような遊歩三昧にハマって行く訳ですが、その意味では「56.4km」という数字は憧憬そのものでした。
 この数字への自分の思い入れ、縦走へのこだわりは何ら変わりませんが、技術的な点でこの「56.4km」に疑念を持ったことは自然な経緯です。歩き慣れてくると身体で体感的に山中の距離や時間が測れるようになります。
 技術的な問題では、56km余りを何時間で歩けたという、体力的なデータを他の山系などで、そのまま応用してしまうことでしょうか。六甲山では歩けた筈なのに・・・ということになれば、リスクの大きい山行でしたら危険なマイナスデータになりかねません。
ということで遊歩会独自の調査「巻き尺で実測しよう!」という事になりました。(今ならGPSを使ったアプリがいろいろありますが)
 実測自体は、5回に分けて行いましたので、のべ5日間ですが、調査ルートをはじめ調査方法の設定から、集計・報告まで一年をかけて取組みました。地図上の計測や万歩計を使った計測など、他資料との比較検討を含めての検証。詳細を『六甲山を見つめ直すシリーズ/その2』BUN-BUN別冊4号として発行。(上記写真 )

実測の調査結果


 実測の調査結果は「45.1km」でした。(最近、実測が行われるとも聞きますが、多少ルートは違っていても、おそらくはこの距離に準じるものと確信します)
 この数字をどう受け止めるかは、それぞれあって然るべきです。ルートの変遷をふくめ、縦走路を深く見つめ直してみると、それは自然の災禍や人為(開発)の傷跡であったり、受難の六甲山の歴史を痛感することでもありました。私における「内なる六甲山」は永遠に『56.4km』であることは、今にしても疑う余地はありません。(続く)


追記★かつての眠っている六甲遊歩の記録ならびに資料類を、これを機にこのブログへ引っ越しさせております。資料的には古くて価値も消耗しているものと思いますが、関心のある方は、カテゴリー「資料:遊歩アーカイブの方も訪れて下さい。
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