周南まちづくりコンテスト最優秀賞を受賞!

 報告がおくれましたが、今月3日、徳山大学にて行われました「周南まちづくりコンテスト2013」一般の部最優秀賞の栄誉をいただき、その受賞式に参加してまいりました。
(※詳細は、徳山大学・地域連携センターのホームページをご覧下さい)

嘘のようなホントの話し「ブチノミクス」で元気再生!

 今回、最優秀賞をいただきました「地域通貨 [Buchi] で周南の元気再生! 」はこのブログでも昨年に紹介しました道の駅でのプランの一つで、より具体的なイメージを添えて今回再提出したものです。ずばり周南版アベノミクスで「ブチノミクス」と命名させていただきました。
 まずは、当日のプレゼンで使いましたテキストを紹介させて下さい。イラストで紹介した循環図とプランの内容はA4で4ページにまとめたPDF(少し重い)にてご覧頂けましたら仕合せます。

  ●◯●◯● プレゼンテキスト ●◯ ●◯●

 フェイスブックの「地域通貨について考えるページ」でも紹介されていますように 日本のお金「円」は造幣局で作られます。その印刷されたお金を、日銀が買い取るんですが、この日銀は実は一私業です。たしか資本金は1億円で従業員は5000人足らずのまあ株式会社みたいなものです。
(所有資産が他の会社と違って、100兆円を有に超えていますが。当然ですよね。)

 その日銀が 1万円札も、5千円札も、千円札も、ほぼ(印刷実費の)1枚20円で買い取り、それを額面の金額で日本政府に貸し出します。1万円札の場合、元手20円ですから利益は9,980円でなおかつ貸し付けですから利息も取ります。こんな濡れ手に泡のようなビジネスが許されると思いますか?あまりにも美味しい話しです。

 しかし、このリアルマネーに対抗して、ここ周南市でやろうというのが、「ブチノミクス」という嘘のようなプランです。

 ★このからくり(流通システム)の詳細は、資料・循環図.PDFを参考にして下さい。

 資料の中にある中期目標が上記の数字です。これはドイツ・バイエルン地方で、流通している地域通貨キームガウアーの2008年度の流通規模を「ブチ」に置き換えた数字です。ちなみにこのキームガウアーは地元高校の先生と生徒で2003年に立ち上げたものです。
 5年でこの規模、(運用益2000万円)に成長したことを考えると、決して周南市でも不可能なことではありません。地域通貨としては世界的に見ても大きな成功例の一つと言えるでしょう。
 財政危機で、ユーロが回らなくなったギリシャでは「テム」という地域通貨が脚光を浴びています。まだまだエリアは限られていますが、ユーロが無くても生活できる地域が生まれつつあります。

 また逆に失敗例も沢山あります。特に国内では、いろんな運用例がありますが、ほとんどは、まだまだ試行、実験という段階で、地域通貨のもつ素晴らしいプラス面が発揮された成功例にはまだ至っておりません。

今でしょ!地域通貨が必要なのは!

 日本でなぜ地域通貨が成功しないのか?その要因の一つには、現在の円というリアル通貨で然程「困っていないから」という指摘もあります。
 しかし、現実はグローバルな経済がどんどん進行して、予定されるTPPのような環境を考えると、これから果たして日本の地方社会、里山社会がどれだけ先細りせずに生き残っていけるのか? このまま手をこまねいていては厳しいものがあると思います。
 地域が自力で生き抜いていくには、地域の在り方をもう一度深く考え直す必要があります。その意識を全市民的に喚起させていく為にも「地域通貨」の取組みは絶好だと考えて、提案させていただきました。
 ご清聴ありがとうございます。(当日プレゼンテキストより)

【補記】詳しいプランの内容紹介や反響等は追而掲載させていただきます。

●周南ツーリズム:関連ログ
 005:精神の健全性に繋がるヘルスツーリズム
 005:第2回ゆの浴衣まつり、魅力ある観光地の再建・強化がなるか?
 004:シビックプライドを支える山々
 003. 周南エコツーリズム基盤整備と宣言
 002. エコツーリズムの起点
 001. 従来型のイベントを打破できるか!「ゆの浴衣まつり」
 000. 道の駅・パブリックコメントに参加して…

●道の駅:関連ログ
 周南市は誰のために道の駅を作るのか?
 個人ブランド米 コレクションで売れるか!
 「地域通貨 Buchi」こども達が地域経済を押し上げる?
 新産業のイノベーション基地「ワッショイ周南」
 周南の未来を切り拓く道の駅
 周南デザイン最終稿「新たなる道標」
 周南デザイン4、周南アイデンティティを生み出す「道の駅」を創ろう!
 周南デザイン3、シビック プライド in 周南?
 周南デザイン2、イメージとスペース
 周南デザイン1、プライドとブランド
 周南市西部道の駅・見直し検討会?
 周南市PR映画・第一部が完成

精神の健全性に繋がるヘルスツーリズム(湯野温泉)

 昨日のゆの浴衣まつりの続き、湯野地区ツーリズムプラン紹介第2弾です。

 健康志向は、高齢化社会ー成熟社会の中で当然のうねりとして高まっていきますが、「運動」「リラクゼーション」「食事」それぞれの志向が見事に一体となるようなロケーションにはなかなか出会えません。
それと、最近は内向きの健康指向、極端に偏向した健康志向も見られて、精神の健全性が伴わないものが目につきます。有酸素運動が良いとばかりに脇目も振らず、下を向いて小走りするようなウォーキングをよく見かけます。これは目的のために本質を見失って、逆にストレスをためてしまう代表的なサンプルですが、歩くという行為は、大地の刺激を足の裏から受けたり、風や光、生き物など周囲の自然を感じながら、気ままに歩く(遊歩する)のが、自らの裡にある自然のリズムと感応して、精神のリラクゼーションにつながります。そういう心の解放が伴わない運動はどうしても心的ストレス解放には役立ちそうにはありません。

 「湯治」「食養」もしかりです。この湯に浸かれば身体に良い!とか「食べれば元気になる!」という一次的なモチベーションだけでは、それだけで終わってしまいます。広々とした癒しのロケーションの中で、自然と向き合った行為(良くいう心の洗濯ってやつですか)その心のリラクゼーションに繋がらないものは、私たちの現実生活で火照った心のストレスを上手くクールダウンさせてくれないでしょう。

 湯野地区には、磨けば輝く地域資源があふれています。地域資源が体験型エコツーリズム、グリーンカーテン、湯治型ツーリズムのそれぞれを充実させながら、上手く相乗して、湯野という里が「いやしの里」というロケーションを構え、地域イメージそのものが大きな観光資源となりたいものです。現況この地で事業されている介護・医療施設にはどうしても負の部分を感じさせます。これを正のイメージへと方向転換できるかもしれません。否、これはこれからの社会で必須の課題でしょう。この重苦しい命題を、開放的なイメージで支えてくれる開放感がここにはあるように思います。

●提案プラン2/癒しの里「ゆの」ヘルスツーリズムへの誘い

【現状】
湯野温泉郷は、前世紀には徳山の奥座敷と言われ、工業地帯の大企業の社用や接待を担う20世紀型の温泉保養地というイメージを払拭しえていない。文化施設の活用や足湯設置などの施策はあるものの、21世紀型の多様化する観光ニーズに対応するツーリズムの提唱と商品提供が十分ではない。
【コンセプト】
個別に点在している地域資源を「健康」というキーワードで結びつけることによって、湯野温泉郷を癒しの里「ゆの」という地域イメージを訴求し、健康志向の強い顧客層を県内~近県より呼び込む。
その契機となるべく健康維持増進の三大要素である「運動」「休養」「栄養」が集約的に体感・体験できるヘルスツーリズムを提唱、短~中期滞在型のツアー商品を提供する。
【概要】
「運動」体験は、湯野温泉地区に点在する史跡、文化財、足湯、坊ちゃん先生(弘中又一)の縁の地などを巡る里山ウォーク、集落を囲む低山ハイク、など遊歩・散策地に恵まれている。また、温泉郷の周囲には特産化が進むじねんじょう山芋(自然薯)の圃場が点在しており、秋冬には収穫体験(山芋掘り)、春には定植体験(植付け)、また通年を通じて貯蔵倉見学・調理体験などが可能である。
「休養」体験は、防長の5名湯に数えられる「湯野温泉」で安らぎ・いやしのリラクゼーション体験である。
泉質の「硫黄泉」は毛細血管拡張作用の効能で知られており「健康美人の湯」ともアピールされており、温泉ソムリエが提唱する「健康のための湯浴み」等のアドバイスを以て短期集中湯治体験を提供する。
「食養」体験は、古来より健康機能性に注目され、漢方などでも活用されている健康食材の自然生山芋(自然薯=この地ではじねんじょうと呼ぶ)はこの地で特産化され、この地から全国に出荷されている。この「じねんじょう」を使った健康山里料理による食養体験をこの地ならではの直産価格で提供する。

第2回ゆの浴衣まつり、魅力ある観光地の再建・強化なるか?

●第二回ゆの浴衣まつり

 昨年はじめて開催された「ゆの浴衣まつり」がこの20日に2回目を迎える。
先週、新しい足湯がリニューアルした県重文の「山田家本屋」でいやしコンサートが予定されている。癒しの灯籠を楽しむことができる「竹あかり小路」も酷暑を和らげてくれそうな予感がします。浴衣にまつわる催しも昨年同様いろいろ企画されて、しっとり夏の夕べを楽しめるイベントを味わえそうです。

 残念ながら、本年度「魅力ある観光地の再建・強化事業」には選ばれませんでしたが、もうそういう事業(湯野の総合的なツーリズム戦略として)を持続的に推進していける機運や人材が出揃ってきたようでこれからが楽しみです。
 次年度に向けても、この機に魅力ある観光地の再建・強化」のデザインコンセプトを提出しておきますので、ご参考いただければ仕合せます。プラン1は、エコツーリズムを土台にまとめてみました。 

●提案プラン1/歴史ロマンの里「ゆの」エコツーリズムへの誘い

【現状】
市域や県を含めても山岳を核にしたエコツーリズムへの取組みが遅れている。
山里・湯野温泉郷においても、周囲に点在する歴史や文化に彩られた低山は、地域資源としての価値を有していながら、地域全体の活性化に波及するようなツーリズムへの応用・活用がなされていない。

【コンセプト】
 「名山を生かす名湯、名湯を知らしめる名山」と山歩きと温泉は、絶妙・絶対の組み合わせであり、エコツーリズムにおいて欠かせない連携要素の一つである。
湯野温泉郷の周辺には、日帰りハイキングに親しまれるピークが点在しているが、未だ近県のハイカーへ向けた宿泊型の温泉~登山のツーリズムアピールがなされておらず、商品も開発されていない。
 地元有志で観光整備がすすむ黄金仏で話題の観音岳は、近年の歴史散策ブームもあって登山客と歴史探訪者が増え、近隣への認知度も高い。この観音岳をはじめ、周辺にも歴史・文化史跡に謂れある同様の低山が点在しており、湯野温泉郷をエコツーリズムの起点(ベースキャンプ化)とした地域アピールと対応商品でもって、宿泊型登山トレッキング客を九州各県や近畿圏より誘引する。
 晩餐などに関しては、健康機能性が古くから注目されているじねんじょう山芋(自然薯)の産地食べ尽くしを付加することで宿泊価値を向上させ、山芋の嗜好性が比較的高い北九州圏のユーザを誘引する。
【概要】
 3体で1セットと言われる「黄金仏」の1体を山頂から出土した観音岳は(残り2体は大峰山系にて発見)、平安時代の山岳宗教を想いを馳せるに十分な素材であり、東大寺再建に奔走した重源上人の行跡などと照らし合わせても、この地と近畿文化圏との関わりは大きい。この点は近畿圏ユーザには大きく訴求し得る。
 黄金仏を安置する登山道口の楞厳寺を起点とした複数のハイキングコースは密教的風景に溢れて、平安の山岳宗教をしのぶに十分である。
 昼食(じねんじょう山子弁当)を山頂で挟んで、下山後は、じねんじょう山芋畑の農業体験も可能であり、温泉郷に点在する史跡(山田家本屋、坊ちゃんモニュメント、足湯など)を巡る里山ハイクも可能。
 温泉三昧、じねんじょう山芋(自然薯)の産地食べ尽くしで夜を過ごして、翌日は、周辺の「城山」それらに西の大平山へ尾根で連なる大谷山、松尾山。温泉郷から南へ足を伸ばせば、旧海軍徳山警備隊・戸田特設見張所が山頂に置かれていた海の眺望に恵まれた「昇仙峰」、また東には戦国時代に毛利元就に滅ぼされた陶氏の城であった「若山」と低山ではあるが、平安から近世にいたる歴史の彩りを十分に味わうことができる。(添付マップを参照)

周南デザイン その1.プライドとブランド

周南デザイン・その1

 YDC山口県デザインセンターの「地域ブランド研究会」に初めて顔を出しました。前期から引き続きで今期の研究会は、明年まで5回が予定されており、足掛け2年越しの取組みとなっています。前期で開催されました他地域モデルケースの勉強・研修を踏まえて、いよいよ「周南とは?」という核心の課題に突入するようです。
 この研究会での具体的なやりとりは、継続中のスキームでもあり、内容には言及できませんのであしからず。(※気になる方はご参加を、以下は、当ブログ上での”個人的な意見”です)

 どの地域のブランドなのか?まずもって、単純に地理的な定義づけが必要です。私が8年前にこの地へ移り住んだ時は、まだ周南市は誕生しておらず、その年に徳山市・新南陽市・熊毛町・鹿野町などが合併して現在の「周南市」と呼ばれるようになった訳ですが、それぞれの地域の特色・個性・風土は様々、もちろん産物も多様にわたっており、この10年も満たない行政市域を共通のキーワードで括って、地域ブランドを煮詰めることは、難問・難題のように思われます。
 しかし、この点においても〝連携〟というワードが強力な鍵(キー)となります。地域の結びつき・関係のありかたをよくよく突き止めれば、その「繋がり方に周南らしさを見出す」ことは、それ程難しいことではないでしょう。それぞれの地域の様々な(文化・歴史・産業)資源の見極めと、地域同士の連携の姿を整理して、まずはその辺りの掘り起こし作業を始めればよいと思います。「共生」や「交流」そのものの在り方そのものを名付け、ブランド化すればよいのです。
 但し、「海と山のあるまち」「都市と田舎の‥‥」という日本の沿岸部のどこでも通用するこの手の凡庸なフレーズに寄っかかれるほど、たやすいものでもありません。一掘りも二掘りも掘り下げた〝連携〟のあり方、〝共生〟の姿、これからの将来を托すことのできる〝持続可能〟なイメージを彷彿させるようなものでないとブランドとして結実できません。

 まずは、地域間の関係を見る前に核になる旧徳山市の地域性、地域資源を見てみましょう。
 本来、時系列的に見て、そもそも「お国自慢」=「地域ブランド」というのがごく自然な発想と思われます。ここから浮き上がってくるブランドイメージを膨らませていけばよいのですが。これが陳腐きわまりないものであろうが、なかろうが、掘り下げておくことはとても大切な手順だと思います。イノベーションは後の問題です。
 そう考えて、周南の核でもある徳山の「お国自慢」なるものをピックアップしていけば良いのですが、よそ者である私にはそのところがよく見えません。徳山には一体どんなお国自慢があるのか、あったのか? こればっかしは「プライド」とも言えるものですから、地元の人間の口からはっきり語られなければ意味がないように思います。個人的な印象では「周南市のここが良い・好き」というような話しぶりよりは「周南市にはとりたてて何もない」というようなことを聞くことの方がなぜか圧倒的に多く、ふるさとへの恋慕の声があまり聞かれない。おそらく昔にはあったのでしょうが。

 農山村における「3つの空洞化」の連鎖の根底にある「誇りの空洞化」がとり沙汰されていますが、中山間地に限らず産業の低成長期に入って、市街地・都市部にも「誇りの空洞化」を抱え始めている地域が増えています。徳山市域でもこのような現象が見てとれるかも知れません。
 神戸から初めて「徳山」を訪れたときの印象は、新幹線の窓から眺めた周南コンビナート夜景の圧倒的な存在感に尽きます。それから15年ほど経ちましたが「周南らしさ」という点で、それを超えるモノにはこの街では、まだ出会えてはいません。
産業ツーリズムの見地からは、あのプラントの夜景は凄い資源であることに間違いありません。最近ようやくこの夜景のハンティング・クルーズ等が開催されています。(夜景評論家・丸々もとお氏のお世話になっているようです)

 国道2号線という流通幹線をもち、港湾と構え、一大コンビナートを土台にした徳山は、工業都市として高度成長期の波風に乗って華を咲かせ、県内屈指の都市が形成されてきました。この発展の道を辿ったのも、旧日本海軍の第三燃料廠の開設が契機なのでしょう。海軍がこの港湾に目をつけていなければ、山と海に囲まれた静かな「徳山藩」の城下町としての趣をもっと色濃く残した街になっていたと思われます。

 プチ都会としての「徳山」は、モノや情報があふれ、利便で住みやすい町として、住民等には支持され(誇りを持たれ)、周辺の農山地域の雇用も支え、街としても「徳山には何でもある」と羨望され、キラキラ輝く都市であった筈です。それがいつの時代からか色褪せて、この「まち」へ寄せていた想いや自負を見失っている。(行政や大企業にもその責任があるが)
さあ、動物園だ! まどさんだ! エバンゲリオンだ! ホタルだ! 映画だ! と周南ブランド・イノベーションは大歓迎ですが、根底にある、あった街への誇り(プライド)をやっぱり大切にすることから、切り込んでいかないと「ブランド」(誇れる将来)が立ち行かないと痛感します。このプライドとブランドがどう繋がっていくのかは、次回に提案したい方法がありますのでその時に。

 エネルギッシュな親父は、朝から晩まで必死に働いて、家を支え守ってきた。
 よくある話しだが、そういう親父は家族達と ちゃんとコミュニケーションがとれていない。
 この親父も今では往年のワーも失せて、家族の顔色を伺うようになった。
 妻や子供たちは、てんで違う方を向いている。
 「今更と」思うのだが、通じ合う言葉が中々見当たらない。 でも・・・、
  
 そうなんだけれど、上手く言葉にできないのだけれど、
 親父へのリスペクトは心底に漲っているのは確かだ。
 親父のことは誇りに思っている。

ふるさと回帰?ふるさと創造?〝農村六起〟

 「ダッシュ村」や「田舎へ泊まろう」的TV番組が貢献したからでしょうか、田舎や農業がダサイ、クライとイメージされた時代は、もうずっと昔の話しで、今やオシャレで心地よく明るいイメージにあふれている!(と言われてみても?当事者・現場にはあまり実感はないのですが・・・)
 確かに世間一般のトレンドは「農」的なものに傾斜していますし、企業の農への進出はすごい勢いで、「食」の話題も地方を中心に弾んでいますし、実際、都市部からのUJIターン「ふるさと回帰」も急速に進んでいるようです。

 ・国交省の「地域づくりインターン
 ・農水省の「田舎で働き隊!
 ・総務省は「集落支援員」「地域おこし協力隊

 地方を何とかしようとお国もいろいろ手配りをしてきましたが・・・遂には
雇用は頭打ちだから、「ふるさと回帰」でビジネスチャンスが増えるので、アンタ等自身で起業しなさい!というのが「農村六起」なるもの。農山村での6次産業起業人材育成事業を内閣府で振興していて、「地域マネジメント法人」を育成しようとしている。
この「農村六起」では・・・

 ・インターンシップ(実地無料研修)では10万円の活動費がもらえる。
  (年収200万以下の人)
 ・ビジコン(事業モデルコンテスト)で認定されると起業経費200万円の補助がもらえる。

 内閣府によりますと、2030年に都市住民約1千万人の地方定住 または二地域居住が見込めると推計があり、こうしたふるさと回帰の普及に伴う「ふるさと回帰産業 とも呼ぶべき巨大な新たな市場・産業が形成されていくだろうと予測し、手近な所では2012 年に、約8兆円の市場規模となるだろうと言われています。
続いて、次のようにも予測しています。

 『ふるさと回帰希望者を各地に誘導するプロモーター事業(行政、旅行業、メディア・広告業、NPOなど)、定住・ 二地域居住用の住まいや農地などを提供する事業 (不動産業、農業団体、建設業、住宅改修業など)、 働く場や田舎暮らしを充実させるアクティビティを提供する事業(職業紹介、起業支援、農林漁業、観光施設業、趣味関連など)、生活サービスや運輸サー ビス業(小売・飲食業、各種生活支援サービス業、鉄道・バス・航空、レンタカー、引っ越し業など)等、 様々な業種・業態の事業機会が発生する。また、これらさまざまな業種・業態を結合させてトータルな「ふるさと回帰産業」として組み立てるインテグレーター業(統治企業)も現れるだろう。』

 この市場を担うべき地域に精通した「地域マネジメント法人」が成熟しておらず、これら人材や企業を育てるのが「農村六起」だと言う事らしい。「農民一揆」と語呂合わせもあって、何だか凄いイノベーションを感じさせますが、果たして目論み通りにいくでしょうか?
結局は、既存のソフト事業の業界に、大半お金が吸い込まれていきそうな予感がします。もっと大胆な民間活力を爆発させるようなシステムを生み出すには、今の官僚たちでは無理なのかもしれません。

 この内閣府の推計で注目する所は、「ふるさと回帰」の願望が高い世代が、(二重生活を除く)定住に限り、定年前の50歳代より、20歳代の方が高いという点です。団塊世代が、まだ現役で働けるだけ働こうと現場で頑張っているのでしょう。「団塊の世代」の大量リタイアが、ふるさと回帰のムーブメントを引き起こすと言われましたが、実はその団塊ジュニアやロストジェネレーションが「ふるさと回帰」の核心的な主体となっていきそうです。そうなれば誠に嬉しい限りです。
 団塊世代の二重生活的「ふるさと回帰」だけでは、本当の意味で「人の空洞化」「土地の空洞化」「ムラの空洞化」そして一番肝心の「ふるさとへの誇りの空洞化」を埋める事はむすかしいでしょう。若い「アメニティ・ムーバー」たちを巻き込んだ、彼らのライフスタイルを共有できるような「ふるさと創造」であってほしいものです。

ここで、もう一度、
北欧で静かに広がる「ふるさと存続運動」の本質的な理念を紹介しましょう・・・

農業は、地域の自然が語る言葉を理解する文化的行為である。文化(culture)とは大地を耕す(cultivate)ことである。農業では、地域の自然全体を体系的に理解しなければならない。
農業を通じて人間は自然を全体として学び、全体として世界がいかに機能しているかを考えようとする。そのため地域の自然とのかかわりが、人間の感性や人間の思考の在り方を形成する。

(「ふるさと存続運動」は神野直彦さんのコラム記事より。2008/6/16の記事に詳細があります)

ふるさとは遠きにありて思ふもの?

室生犀星の愛したふるさとの犀川(フォトショで加工)

 先だって福田総理が食料自給率のアップに真剣に取り組むとの重大決意を発表いたしましたが、何やらサミット向けの宣伝臭い感もなきにしもあらずで、今ひとつピンとしない。というより、遠い将来の大切な事を見定めないまま、その場限りの施策でお茶を濁してきた日本の”農政”の負の部分を引きずるような気がします。もっと人の生き方までを突き詰めた理念ある農政を提唱しなければいけないのですが・・・。
東大教授の神野直彦氏の「ふるさと存続運動」の記事(日本農業新聞/論点)に共感しました。紹介したいと思います。

 「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(室生犀星)この詩の一節が日本の近代化を象徴しているともいう。「ふるさと納税」にしても、仕送りはするが「ふるさと」を見捨てて、遠くで懐かしもうとしているものだ。と切り捨てている。
 今、あくまでも「ふるさとは近くにありて愛するもの」「近くにありて守るもの」という発想から着実に展開している北欧の「ふるさと存続運動」、特にノーマライゼーション(高齢者・障害者と健常者が助け合って暮らせる社会作り)や、クオリティ・オブ ライフ(人間的尊厳を保つ生活)が、掛け声もなくと静かに広がるスウェーデンでの「ふるさと存続運動」の本質的な理念を紹介しています。核心部分は原文にて・・・

 『運動を支える背後理念は地域が人間の生存に必要な資源を、いつも提供してくれているという信念である。それは人間の生存という営みが、生きている自然に働きかける農業を基本としていることをも前提にしている。つまり地域には人間の生存に必要な”生命の蓄積”としての自然資源が十分にあることを意味している。
農業は、地域の自然が語る言葉を理解する文化的行為である。文化(culture)とは大地を耕す(cultivate)ことである。農業では、地域の自然全体を体系的に理解しなければならない。
農業を通じて人間は自然を全体として学び、全体として世界がいかに機能しているかを考えようとする。そのため地域の自然とのかかわりが、人間の感性や人間の思考の在り方を形成する。』

 ちょっと抽象的で分かり辛いかも知れませんが、これを子育てにおいて説明したところは、我が身に置き換えやすいので目を通して下さい。

 『それだからこそ「ふるさと存続運動」を展開する北欧では、子どもたちが「人生のための教育」を学ぶことができる。とことろが、「ふるさと」を見捨てている日本では、子どもたちが森に足を踏み入れ、生命の誕生に感動することもなく、生きる川を目にすることもなく育っていく。もちろん、大地に種を蒔くこともない。
 自然が自然に異変が起きていることを語ってきても、日本の子どもたちはそれを理解することができない。地域の自然とのかかわりを通して、自分の生きている世界を全体として理解し、生きていく上で遭遇する問題を解決していく人間的能力は身に付かない。
「ふるさと」を存続することは、子どもたちを育てていくことでもある。北欧が子どもたちの教育に成功し、知識社会を築いているのは「ふるさと」を存続し、子どもたちが自然との会話が出来るからである』


 遠きにありて思ふ「ふるさと」そのものを持ち得なかった都市遊民の自分にとっては、お腹をえぐられるような痛みを覚えます。自らの「ふるさと」再生を含め、今生活を始めたこの地域の自然をもっと体験・体感でき得るよう頑張らなくてはとあらためて感じる次第です。